清良記を紐解く会『巻十四の下』

【今回『清良記を紐解く会』よりで紹介している内容は、前代未聞の発表ではないかと思います。山家清兵衛が元和六年に亡くなった事や、和霊神社が承応二年に創建されている事を知っている人はいますが、間が三十三年間ある事や、土居清良公が山家清兵衛の亡くなった九年後に亡くなっており、清良神社も和霊神社創建の九年後に創建されている符号性を指摘した記事は先ずないからです。また、山家公は秀宗公が宇和島に入部する前に来宇していますが、秀宗公を卯之町から歯長峠を越え、三間を経由して上光満から宇和島に入部させており、山家公が清良公に会見しているのは間違いないだろうと言われます。しかし、清良記には江戸時代の十五年間が一切語られておらず不思議です。そして、七代藩主宗紀公は百歳の長命を祈願して清良神社に扁額を寄進したという話もあり、宇和島伊達家と土居清良公には、何か特別な関係があったのではないかという気がして来ます。】



□『清良記を紐解く会』より

 

   三月二十九日、宇和島伊達四百年祭オープニングセレモニーが華々しく開催。姉妹都市「大崎市」から借用した甲冑を身に付けた伊達五十七騎、大洲鉄砲隊、牛鬼、太鼓集団、宮本真希演じるお姫様、腰元等が宇和島の街を練り歩きました。この一年、宇和島城下は伊達四百年祭に染まるでしょう。しかし、今年は宇和島・鬼北・松野が共同主催となる『第二回清良記シンポジウム』が鬼北町で予定されていると聞くと、清良記を紐解く会としては、否が応でも戦国時代の宇和島や鬼北の動向に胸が熱くなるのです。とはいえ、清良記が書き上げられたのは江戸期に入って四十年の承応二年です。宇和島では藩主は秀宗から宗利への代替わり、吉田藩の分藩問題等が起きて行く中で、秀宗の中風、執権を代行していた宗時の早生、後継となった宗利には後継者がいなかった事から伊吹八幡宮に卜占を頼み、得た御神託が和霊神社の創建でした。伊吹八幡宮の社名の所縁となった伊吹の双樹は、清良の先祖鈴木重家の手植え。また清良は宇和郡を土佐長宗我部の侵略から守った戦の勝ち神様であり、戦国時代の武将としては長命の八十四歳まで長生きされました。和霊神社の御祭神山家清兵衛が亡くなった九年後まで生きていたのですから、宗利も当然その人となりを聴かされて知っていた筈でしょう。そして、実に不思議な事に、清良神社も和霊神社創建の九年後に創建となっています。その為に私は、何か深い関係があるように感じてしまうのです。

 

   元和六年1620:山家清兵衛没 承応二年1653:和霊神社創建

   寛永六年1629:土居清良没  ○寛文二年1662:清良神社創建

 

□『巻十四の下』を紐解くp.190~p.204

 

   今回紐解く『巻十四の下』は清良記のへそとなりますが、『巻十四の下』は「あるとき」「このごろ」から始まる年月を特定していない記事が続くのが特徴で、その内容は当時の価値観や清良公の性格を知り理解する上で大変重要な位置を占めていると言えます。


   さてあるとき、清良公は重臣の土居佐兵衛、土居蔵人、善家六郎兵衛、桜井武蔵、土居右京進の五人と様々に意見を交わします。一節『剛臆のうわさの事』では、胆が座った者と臆病者との違いについてです。前回『巻十四の上』の玉木源蔵の話が思い起こされますが、心が健やかで健気な者は、言葉が遅れたり足らなかったりするが心根はしゃんとしておる。一方そうでない者は、言葉数ばかり多くて行動が伴っておらず心が弱いという指摘をしています。また健気な者は遅れを取る事が多いが、それを馬鹿にしたり陰口を言う者は愚かであるとも言われています。

 

   二節『太平記うわさの事』も大変ユニークで驚きます。そして、清良記の事を「太平記の模倣ではないか」と批判する人がいますが、ここを読めば全くそうではない事が分かります。つまり、清良公は、「太平記」「平家物語」を大変批判されている訳です。平家物語は「いか様武士の作りたる物ならん」と言い、太平記は「法師などにても武道心なき人の作ること一定なり」と言い切っています。そして「世間に流布して諸人面白く思いたらば、いとど行にくき末世、いよいよ侍のきっかけはずし、軍法立ちにくくなりぬと思うはいかに」と疑問を投げ掛けています。清良記はまさに、そのアンサーとして書き上げられた軍記物語であるのでしょう。

 

   その後『巻十四の下』は、胎児や子供の育ち方、鳥や植物の育ち方の洞察が述べられていたり、人の心の有り様について様々に述べられています。最後、二十節の『愛きょう(愛敬/愛嬌)の事』で終わりとなりますが、「愛敬」とは人を慈しみ敬う仏教用語。堀口蔵進という清良公秘蔵の侍が、戦う事を捨て、かといって仏道には入らず、人々の喜びと幸せの為に生きた話が紹介されており、戦ばかりの清良記のようですが、その根底に人を愛する精神を見る事ができます。

 

□お知らせ

『清良記を紐解く会』で配布したテキストを保存・管理する為のブログを立ち上げました。ブログタイトル【清良の菴】URL http://seiryouki.exblog.jp です。コメントを入れていただければ、必ず返信しますので宜しくお願いします。

                   文責・三間史談会々員   


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by kiyoyoshinoiori | 2015-04-23 23:00 | 郷土史

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