『第2回 清良記シンポジウム』-鬼北地域の「城の読み方」を考える-


2016.3.20(日)鬼北町近永公民館にて、主催、鬼北町・鬼北町教育委員会。共催、松野町教育委員会・宇和島市教育委員会。企画、鬼北の文化財利活用戦略会議による『第2回 清良記シンポジウム』ー鬼北地域の「城の読み方」を考えるーが開催されました。




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朝9時、宇和島市内に宿泊された「土居秀夫氏」を迎えに行き、道すがら戦国時代の古城『板島城』に登って来ました。城主は「板島志麻守」と言われますが、【清良記】では「家藤監物」が領しています。本郭に登ると分かりますが、ここからは鬼北方面の山が良く見えます。




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『上光満』にも登って来ました。近年ここは、元和元年に伊達秀宗公が五十七騎を伴って、板島へ入部したルートだったのではと関心が高まっています。地元の有力者「土居清良」は、伊達が入部するまでの領主「藤堂高虎」とも懇意であり、秀宗の入部を準備した「山家清兵衛」は間違いなく「土居清良」を訪ねたであろうと言われています。




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かつて「土居清良」が領地した『三間』の『土居中地区』から、遥かに『大森城址』を望みます。この土居中地区は、江戸時代に土居清良の末裔が土居中村庄屋となりましたが、土居家初代から数えて三十代目となる当主が、今も健在でおられます。




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『第2回 清良記シンポジウム』の会場、近永公民館へ到着。写真の紳士「土居秀夫氏」は、東京都で市民ボランティアの学芸員をされていますが、この日の為に帰郷して下さいました。




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シンポジウムで意見を求められる「松浦郁郎先生」。松浦郁郎先生は、愛媛県に2名しかいなかった農業普及委員をされていた頃、古文書であった『清良記』の翻刻、校訂を行い、自費で『清良記松浦郁郎校訂』を出版(昭和50年)されました。しかし、公務員であった松浦郁郎先生は版権を出版社に譲渡され、利益を一切受け取られませんでした。松浦郁郎先生は、まさに郷土史研究の恩人だと思います。




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今回は2回目でしたが、鬼北町は国史跡『旧等妙寺跡』、松野町は国史跡『河後森城跡』を持ち、宇和島市は今年度は『伊達秀宗公宇和島入部400年』で忙しく、この翌週からは『癒しの南予博』も始まるという多忙な中でありながら、『清良記』にかける情熱もまた一入である事を感じさせていただけました。




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そして、今回大変嬉しかったのは、凄く良い資料を作っていただけた事です。決して『清良記』に描かれている全てを網羅してある訳ではありませんが、この刺激は更なる研究意欲となって、郷土史研究を盛り上げて行く事は間違いないと思いました。




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シンポジウムの帰り道、『一の森城址』と『岡本城址』の間を走って増田地区に抜け、増田口に掛かる「三間川橋」で綺麗な夕焼けを見ました。「どこに住み、どんなに年を取ろうとも、幼き頃に見た郷土の景色が一番美しい…」と、そう思える光景でした。



以上、松本敏幸©︎




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by kiyoyoshinoiori | 2016-03-20 23:00 | 郷土史

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