カテゴリ:古城( 2 )


実は、高森城に登った翌日、迫目にある【迫目城】に登っておりました。迫目城は、土佐の一條兼定が、三間攻めをした時に、陣を張った城として【清良記】に登場します。*\(^o^)/*


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愛媛県宇和島市三間町の迫目地区にある【迫目城】は、『西城』『中城』『下城』からなる三連城。泉が森の北麓に位置し、さながら屏風のように見えます。


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迫目城の中ほどに見える白壁の長屋は、迫目の旧庄屋岡本家。三間河野家の末裔とも言われ、屋根瓦には、【隅切折敷縮三文字】の家紋も見えます。この裏山の頂が『中の城』であろうと思っていましたが、アンテナの立つ頂が【天守】と呼ばれているとの情報を入手しました。


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岡本家の裏山すぐ隣に立つアンテナ。その麓にお住いの赤松家ご主人から、「アンテナの立つ頂を天守(てんす)と呼んでいる」と教えていただきました。


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そのまた隣、元町長をされていた赤松家の横から真っ直ぐに伸びる山道。ここから右が『下城』になります。『下城』は、【清良記】では『鼡(ねずみ)の尾』と呼ばれています。


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山道は堀切のようにも見えます。尾根の手前ひ『中の城』に向かって登る道があり、その先に五輪塔を納めた祠と金毘羅社がお祭りされていました。


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赤い建物が金毘羅社。赤松元町長の息子さんから教えていただき、お参りしてきました。


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反対側に下ると、三間川が流れており、『蜂の巣橋』が架かっています。『蜂の巣』という地名は【清良記】にも登場しており、『鼡の尾』が『下城』である事を特定する決め手どなりました。


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『蜂の巣』から臨む土居清良の本城【大森城】。護岸が整備されるようになるまでは、大雨が降ると、【大森城】と【迫目城】の間は広い沼のようになったと言われます。


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場所は変わりまして、こちらの堀切は、『西城』と『中の城』の間にある山道です。『西城』は、【清良記】では『馬爪』と呼ばれていますが、丸い形の『西城』を馬の蹄に見立てての事なのだろうと思います。


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『西城』の頂は真ん丸くなっており、豊後石で造られたという小さな祠が祭られています。祠は『十二社さま』とも『きゅうねんさん』とも言われ、【迫目城】に家のある麓組の人達は、4月8日にお祭りをしています。『十二社』は熊野系のお社。『きゅうねんさん』は、貴船社の事で、もとは川の近くの山水が湧く場所にあったそうです。


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元々土居清良の廟は、江戸中期まで迫目地区の妙覚寺にあり、土居の先祖が熊野から来た事もあって、迫目地区には熊野権現や大刀自神社も祭られています。【清良記シンポジウム】で、3月19日の「高森城登山」の後には、有志を「岡本城」ど「迫目城」にも案内しますので、奮ってご参加ください。


追伸。お話をお伺いした、岡本様、赤松様、赤松様、二宮様、その節は誠にありがとうございました。


以上、松本敏幸©︎


愛媛県宇和島市三間町/迫目地区の迫目城址にて撮影©︎





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by kiyoyoshinoiori | 2016-02-28 23:02 | 古城

地元(愛媛県宇和島市三間町)の兼近地区にある、【高森城址】に登って来ました。


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【高森城】は、『清良記』に登場する三間河野家の居城。城主は、中野殿と呼ばれる河野通賢でした。


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昨年、立派な案内板が立てられました。製作したのは【高森城を愛する会】です。


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三角に尖った本郭に、四方には長く伸びた支脈が幾つもあり、三間では最大規模の古城と言われています。


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本郭の周囲には巨大な岩肌が露出しており、白い笠をかぶっているような姿から、【衣笠(きぬかさ)城】の異名も持っています。


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本郭は広く開けており、標高は378mあります。(右奥の土塁が三角点のある頂上。)


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西北西の方角に見えるのは、三間町の二名小学校。その向こうに【岡本城址】と【大森城址】も見えます。


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南南東の方角に見えるのは、鬼北町の沢松地区と深田地区。左に【竹ヶ森城址】と【薄木城址】が並んでいます。


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真北の方角にあるのが、音地、黒川、中間、の告森三地区。右手前に見えるのが【告森城址】です。


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今年、平成28年3月には【第2回清良記シンポジウム】が開催される事になっており、【高森城址】は19日に登山が予定されています。案内人は、三間町大内の武田利康先生です。是非、振るってご参加ください!\(^o^)/


愛媛県宇和島市三間町/兼近地区の高森城址にて撮影©︎


以上、松本敏幸©︎




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by kiyoyoshinoiori | 2016-02-27 19:19 | 古城

清良記を紐解く会の資料と活動を公開します。\(^o^)/


by 清良の菴(きよよしのいおり)さん