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□『清良記』を紐解く会より June 2016

晴天に恵まれて、五月十四日は、高知県南国市の【岡豊城址】で行われた「第七回長宗我部フェス」、十五日は、高知市長浜の若宮八幡で行われた「第五回長宗我部まつり」に参加してきました。片道三時間半を二日往復しましたが、それだけの甲斐がある郷土愛に満ちた催しでした。

「長宗我部フェス&まつり」は元親を始めとする長宗我部氏を盛り上げる町興しイベントですが、伊予国宇和郡の攻められた側としては「ぎょっ」と思われる方もいらっしゃる事と思います。しかし、高知県に足を運んでみれば、本当に慕われて誇りに思われており、かつては命を取り合った関係も、これからは共に高め合って行く事が必要ではないかと思わされました。

「あらま欲しきは師友の縁。」人が生きて行く上で大切な事は、いかに尊敬できる師や友と出逢えるかだと言われますが、今回の高知県行きでは【中島重勝氏】と出逢い、本当に良くしていただきました。中島氏は「土佐史談」の会員で、『土佐物語』の現代語訳をされたり、子供達にも分かりやすい絵本や紙芝居で郷土の偉人を紹介する活動をされています。また、スタッフの交流会にも招いて下さり、「高知県でも『清良記』の勉強をしよう」と言って下さって、本当に感動的な出逢いとなりました。


□『巻二十六』を紐解く p.354〜p.363

『清良記』が著された承応二年(一六五三)は、伊達の治世となって三十九年目。藩主が二代宗利となり、和霊神社が正式な神社として登録された頃、三間の三嶋神社神主であった著者【土居水也】が有していた情報と認識は、間違いが含まれるにせよ、当時を知る上で非常に貴重な文書と言わざるを得ません。

巻二十六の一章は、元親と信長の関係について言及しています。ここで注目しておきたいのは、「天正九年辛巳の夏の末より三好松岸と弓矢取りはじめけり」の一文と、天正十一年二月二日の記録に「去々年、元親が侍あまた清良に打たれて以後は、当国への手遣いもならず手懲りしてありしに」とある一文です。これによっても、岡本合戦が天正九年であった事、三滝合戦の後に岡本合戦が起きた事などが分かります。

さて、またユニークなのは三章から始まる「夫婦のたとえ」です。西園寺公広卿の姉にせがまれて、土居蔵人が話をしますが、夫婦は「味噌と塩」のような関係で、塩がなくては味噌の味は調わないが、塩も過ぎれば辛くなる。それはまた、君と臣の関係にも通じていると、面白おかしく物語が進んで行きます。このようなたとえ話は、当時の知恵を知るに止まらず、本当に現代に於いても役に立つ知識であり、まさに『温故知新』と合点してしまったような次第です。

文責/三間史談会々員 松 本 敏 幸 ©︎




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写真は、五月十五日「第五回長宗我部まつり」にて撮影。




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by kiyoyoshinoiori | 2016-06-17 23:00 | 郷土史

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