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☐『清良記』を紐解く会より

 昨年十二月に松浦郁郎先生発行の『清良記』を通読・解説が終了してから一年が経ちました。今年は一月から三間町指定有形文化財の古文書『清良記』の判読・翻刻をして参りましたが、作業をする中に先駆け全文翻刻をされた松浦郁郎先生のご苦労と功績の大きさを感じた次第です。

 新年からは『三間町誌』の勉強をしながら、『清良記』が紹介されている部分の確認作業を致します。各自『三間町誌』『清良記』をご持参下さい。

 また、十二月には竹葉秀雄先生(三間町名誉町民)が昭和十年に著された名著『土居清良』が復刻・発行されます。清良公に感銘を受けた竹葉秀雄先生が、その精神を余す所なく語っており、併せて勉強して参りたい所存です。


☐『竹葉秀雄先生』所縁の地をゆく

 十一月十日、松山から来た青年三名を、竹葉秀雄先生所縁の地にご案内しました。お名前は三浦夏南(こなん)さん、三浦颯(そう)さん、三浦杏奈(あんな)さん。この三浦さん達は竹葉秀雄先生の「ひ」の心を後世に継承・発展させたいと、「ひの心を継ぐ会」をつくられました。竹葉先生の名著『土居清良』も、この会から復刻・発行されることになります。




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 道の駅「みま」で待ち合わせ、先ず向かったのが「窓峠」です。「窓峠」は『清良記』にも亀甲正著『竹葉家』にも登場する場所ですが、真下には旧宇和島鉄道のトンネルがあり、鉄道敷線に奔走した今西幹一郎や河野虎尾らは、竹葉秀雄先生の伯父に当ります。(写真①、②、③)



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 三間小学校には、竹葉秀雄先生が揮毫した「ひ」碑があります。これは、昭和四十二年度PTAと今西寛一校長が建立した明治百年記念碑でしたが、三間町が宇和島市と合併する機会に松本が再建立させたものです。その経緯は勉強会にてお話します。(写真④)


 宮野下の三嶋神社には、竹葉家・三間村塾から譲り受けた大太鼓「雷(いかづち)」があります。これは大横綱双葉山が三間村塾に寄贈しています。(写真⑤)

 竹葉家の墓所は竹葉牧場の奥にあります。左右の石燈籠には左手に「河野氏」、右手に「竹葉氏」とあります。(写真⑥)



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 竹葉家はかつて松下村塾を模範にした「三間村塾」という私塾でした。それは昭和三年頃から、竹葉先生の仁徳に惹かれた青年達が竹葉家に集まって、古事記や論語を勉強するうちに自然に塾となったもので、剣道、柔道、弓道、相撲などの武道も行われていましたが、昭和九年には「神道夢想流杖道」が正式武道となっています。竹葉家前の記念碑は、安岡正篤先生の筆によります。(写真⑦)


 三間中学校の和室には、竹葉秀雄先生の揮毫「明明徳」と双葉山の揮毫「剛健」が飾られています。この言葉は東洋思想「大学」からの出典で、「大学の道は、明徳を明らかにするに在り、民に親しむに在り、至善に止まるに在り」から来ていますが、三間高等学校にある創立二十周年記念碑にも「明徳を明らかにす」と揮毫されており、竹葉秀雄先生の人柄や信念が分かります。(写真⑧、⑨)



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 午後からは、土居中の土居家に伺わせていただきました。そこで見せていただいたのは、土居清良公の「御胸板薬師如来十二神」と土居系図「土居氏一統系傳」です。(写真⑩、⑪、⑫)

 その後、三間町から鬼北町へ向かい、まず深田の河野家、そして好藤公民館を訪ねました。旧深田村庄屋の末裔で、旧好藤村初代村長となったのが、竹葉秀雄先生の母方の祖父「河野通倫」です。

日露戦争では竹葉先生の父・秀資が戦死する不幸が起こりますが、幼い竹葉先生を守り教育したのが、母と祖母、そして深田の河野家でした。(写真⑬)

 次に向かった愛治小学校には、校訓「愛人治心(あいじんちしん)」の碑があります。この揮毫は安岡正篤先生から贈られた物です。(写真⑭、⑮)


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 そして、最後に訪ねたのが松浦健(たけし)先生です。健先生は三間中学校校歌を作曲しておられ、アコーディオンを演奏して一緒に校歌を歌って下さいました。また、訪問の為に三浦さん達も校歌の練習をしてきて下さっており、健先生にも奥様にも大変喜んでいただけました。そして、作曲に纏わる竹葉秀雄先生とのエピソードを伺いました。(写真⑯、⑰)


☐あとがき

 竹葉秀雄先生の『土居清良』の復刻・発行、そして三浦さん達との交流を持てた事は、本当に嬉しい事です。私は三間中学生時代に杖道クラブに所属しており、中学卒業から十年目に上甲一男先生と再会し「三間杖道会」と「愛媛県師友会ひの会」に入会していました。しかし、「ひの会」は二代目近藤美佐子会長が平成二十四年に亡くなられた後、翌年解散となります。その時の私の考えは、
「ひの会」が解散しようがしまいが、三間は何も変わる事はなく、難しい話は松山の先生方に任せて、私は三間で守るべきものを守ろうという思いでした。その一つが『清良記』の研究です。

今回の『土居清良』の復刻・発行は竹葉秀雄先生の命日「醒庵忌」に合わせて発行する為、少し拙速だったようにも思いましたが、今後のテキストにも加えさせていただき、三間も松山に負けぬよう切磋琢磨し、大いに勉強させていただこうと思います。

文責/三間史談会・松 本 敏 幸



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by kiyoyoshinoiori | 2017-11-29 12:49 | 郷土史

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by 清良の菴(きよよしのいおり)さん